葉隠 HAGAKURE by Daichi Soga


或る夜の独り言


この世に宗教でいうところの神はきっと存在しない。


一応断わっておくと、僕自身が無神論者とか共産主義者とかそういう次元の話ではない。



ふと、素朴に頭に浮かんだことを今ここに書いている。



神と呼ぶに値する存在があるとすれば、それは宇宙という正体不明のとてつもない"何か"で、それがこの世の全てを支配する。



この世に生まれ出て気がつけば、そこには地球があり、国があり、生まれ育った街があり、住む場所があり、家族があり、親があり、自分という人間がある。


生まれたばかりの赤子にとってみれば、この世に生を受けたことを含め、それら全ては自分の意思に関係なく決められたこと。


この世に生まれた以上、それら事実は当然のこととして全て受け入れざるを得ない。




昔自分が幼いころ、空気を吸っているということにすごく違和感を感じたことを今でもよく憶えている。


呼吸を止めるとすごく苦しくて、空気を吸わないと人は生きてはいけないという事実に気がついたときは本当にショックだった。


なぜショックだったのか今ではよく分からない。


でも当時の僕は、何かに依存しなくても人は存在していけると信じていたかったのかもしれない。



幼い僕にとって、空気(酸素)なしでは生きていけないということを意識的に受け入れさせられた初めての現実。


そのことに間違いはない。





ここからは持論。



この世で一生を全うした後気づかされること、それは恐らく今世この世で起きたこと、体験したことの全ては夢か幻だということ。


人が人生を全うすることは長い夢を見ていることに等しい。



誰かの命が終わることを"亡くなる"というが、正しくは"無くなる"だ。


人の存在が無くなる、心が無くなる、すなわち無に帰るということ。





色即是空、空即是色。



この世の全てのことは空であり、また空はこの世の全てのことである。



般若心経の有名な一文。



この真理には強く共感する。



僕は仏道以外の教え(宗教)はあまり共感することがないから信じることもない。


仏道と他の宗教の決定的な違い、それは宗教上の神の存在有無だと思う。


きっとそこが根本的な違いだから。



仏道において神は存在しない。


仏があるだけ。


その仏とは悟った者のことだから、仏=人。


結局は人があるだけだ。


釈迦の説く教えは宗教というより、哲学や生き方のエッセンスという側面が強いな。


だから、僕の認識では仏教ではなく仏道。


仏への道。


哲学と捉えているから考え方に共感できる部分も多い。





仏道では人が一生を終えるとお葬式の中で僧侶がある儀式を行う。


それは死者を強制的に仏門に入信させ、厳しい戒律を守らせる契約をするというもの。


故人を成仏させるために行うが、それは間違いだと思う。


たぶん、死んだ者はとっくに成仏している。



本来、成仏しなくてはならないのは生きて残された者の方だ。


故人が無くなったことをしっかりと受け止め、これからの人生を歩むこと。


きっと、本質はそのための儀式だ。




それから、仏道でいうところの輪廻転生はまず有りえないと考える。


一つ仮説として、水時計の動きを思い浮かべれば分かりやすい。


液体が上に溜まっていて、小さな穴を通して一粒一粒に分離して下に落ちてゆく。


落ちた先にはまた液体が溜まっていて、一粒一粒はまた大きな液体と合体する。


水時計を上下逆さまにすればまた同じことを繰り返す。



この世の全ての魂は液体のようなもので、一人の魂はその一滴にすぎない。


人生を終えると一滴の魂は大きな魂と一つになる。



もし転生があるとすれば、元あった魂が別の人生を歩むのではなく、プールされた大きな魂から一滴の小さな魂が再生成され、その魂が新しい人生を歩む。


すなわち全く別物の魂、またはその一部になってが生まれ変わるということ。


一つになった水から元の水滴に分けることはできないよね。



それか一回こっきりの人生のどちらか、そう考える方が自然だと思う。




宇宙はビックバンが起こったことからすべてが始まった。


最初は素粒子が飛び交う超高温の世界、その後初めて水素原子ができる。


徐々に空間を広げて星が誕生し、今も宇宙は広がっている。


当然、人類も宇宙の一部。


僕たちは一人一人が宇宙を構成する素粒子のような存在なのかもしれない。



全て当たり前の事実として受け入れた大人にとってこんなこと、今更思春期のように深く考えるなんてきっとないよね。



我々人類は偉大な"何か"、その知性の意思によって全てをコントロールされ、この世、この時代、この場所に生かされているのだと感じる。

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