葉隠 HAGAKURE by Daichi Soga


2010年 総括と来年の豊富/104歳の禅師


今年も残すところあと僅か。


師走になって考えることは一年の振り返りと来年の目標。


今年は何かと反省することが多く、いろいろ悩んだり勉強することもあった。


我ながら珍しくヒステリックな行動を起こしてみたりね。。


周りの方々には大変ご迷惑をおかけしました。。




来年は自分自身に課題を設けようと思う。


課題というよりは、ちょっとした心がけかもしれない。



ぴったり3つ。


これ以上でもなく以下でもない。



「3」という数は何事にもキーとなる数字。



アメリカの海兵隊に3つだけ命令を与えると必ずそれを遂行できるのだそう。


それ以上に多い命令だと遂行できない可能性があるという。


プレゼンでもまたしかり。


聞き手に伝えたい要点を3つに絞って話すと伝わりやすい。


不思議と記憶に残るからだ。




課題は決してハードルの高い内容ではなく、世間一般ではごく当たり前のこと。



1.捨てる


2.簡にして要を話す


3.朝早起き




簡単なことだが今まで全くできていなかった。


自分の成長のために内面から整えることはとても大事なこと。




【捨てる】


この言葉を少し調べただけでさまざまの意味と用法がある。


使い方を一つ間違えると人を傷つけてしまう言葉だ。



今まで、我武者羅に多くの"モノ"を手に入れすぎた。


だから今度は、余計なものは何でも捨てる。



これまでの積み重ねで手に入れてきたものを捨てるということは、やはりそれなりに覚悟が必要だ。



知らず知らずのうちに何かを手に入れようする癖がある。



毎年、年末の大掃除の時期にその物の多さに気づく。


自分はこんなにたくさんの物を所有していたのかと。



物質的な"もの"だけでなく、自分の趣味やこだわりも多いことに気づく。



やりたいこと、ゆずれないことが多すぎて、


身動きがとれなくなり、結局何事も中途半端に終わってしまう。



あまりにコト・モノが多過ぎると、本当に大事なものを見過ごしてしまいそうだ。



だから捨てる。



大事な事に気づけるようにするために。




手に入れることは容易く、捨てることは難しい。


きっと大事なのは、足し算じゃなくて引き算。




【簡にして要を話す】


『簡にして要の説明ができなのは、十分に理解がきていないからだ』


アインシュタインの言葉。



簡にして要を話す人を見るたび、その人を見習う。


これは意識していても難しい。


きちんと物事を理解しているつもりでも、人に話すときに上手く説明できていないと気づく。


自分は本質を理解していないと。



聞き手が求めていることはこういうことだ。



だから何なのか。


要は何をいいたいのか。




これがきちんと伝えられなければ話し手として失格だ。


さらに上記に加えて意識すべきことがもう一つ。



相手に伝える必要があるのか。



余計なことまで伝えてかえって混乱を招くことだってある。


もしくは相手に知らせない方が丸く収まったりもする。



人とコミュニケーションをとる上でとても大事なこと。




【朝早起き】


一日のはじまり。


どんな朝を過ごすかでその日が決まる。


マラソンでいえば如何に良いスタートダッシュを切るかで後の走りに影響する。


スタートが遅くなればその日のゴールインもそれだけ遅れる。


一日を一生と考えたら朝の起床は人生の始まり。


夜の就寝が人生の終わりとしたら、朝の起床が遅くなるほど生きる人生が短くなる。


人生は長いようで短い。


いつ死ぬかだって誰にも分からない。


まさに一寸先は闇。


目標は一日をよく生きること。




来年といっても所詮は日々の延長。


新しい年を迎えるからといって、一喜一憂する必要もない。


ただ漠然と考えることは、今まで続けていることを、目処として来年中に何らかの形にしていたいと思う。


焦らずコツコツと。






104歳の禅師 永平寺の住職 宮崎奕保 禅師



道元禅師様はおしゃっておるんや


「坐禅をすれば善き人となる」


その善き人となかなかなれん


人間は名誉とか地位とか見栄とか我慢(わがまま)とか


そんなもんでいっぱいだ


欲は克服するすべを覚えんといかん


それが坐禅だ


何も考えない


妄想せんことや


いわゆる前後裁断や


その時その時 一息一息しかないんだ


だから、何か考えたらもうそれは余分や


坐禅ということはまっすぐということや


まっすぐというのは、背骨をまっすぐ首筋をまっすぐ


右にも傾かない 左にも傾かない


まっすぐということは 正直ということや


身心は一如(1つ)やから


体をまっすぐにしたら 心もまっすぐになっとる


スリッパを脱ぐのも坐禅の姿や


スリッパをそろえるのが当たり前のこっちゃ


例えばスリッパがいがんでおったら


ほうっておけないんだ


スリッパがいがんでおるということは


自分がいがんでおるんだ


自分がいがんでおるから


いがんだやつが直せないんだよ


だから物を置いても


ちぐはぐに置くのとまっすぐに置くのと


すべてが表れておるんだから


心がまっすぐであったら


すべての物をまっすぐにする必要がある



人間はわがままが自由やと思っておる


ちゃんと型にはまったものが


平生底(日常)でなければならない



自然は立派やね


わたしは日記をつけておるけれども


何月何日に花が咲いた


何月何日に虫が鳴いた


ほとんど違わない


規則正しい


そういうのが法だ


法にかなったのが大自然だ


法にかなっておる


だから、自然の法則をまねて人間が暮らす


人間の欲望に従っては迷いの世界だ


心理を黙って実行するというのが大自然だ


誰に褒められるということも思わんし


これだけのことをしたら


これだけの報酬がもらえるということもない


時が来たならば ちゃんと花が咲き


そして黙って


褒められても褒められんでも


すべきことをして 黙って去っていく


そういうのが 実行であり


教えであり


真理だ

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