葉隠 HAGAKURE by Daichi Soga


-大韓民国- 板門店(JSA) [2010.11.19-21]


板門店。



板門店と書いて"パンムンジョム"と読む。



韓国と北朝鮮の軍事境界線上にある本会議場施設一帯の名前。


あくまで"国境"ではなく"軍事境界線"。


これが示す意味は、休戦中ではあるが未だ戦争は続いているということ。



板門店には会議場となる建物がいくつか設置され、ここで南北間の会談が行われている。


会議場を中心に800メートル四方の土地が共同警備区域(コンドンキョンビクヨン)、別名、JSA(Joint Security Area)となっている。


具体的にどんな様子かというと、国連軍(韓国軍)と朝鮮人民軍が境界線を隔て顔を突き合わせながら只ならぬ雰囲気で警備をしている。


共同警備といいながら区域内にも厳格な軍事境界線が存在している。


まさに板門店はベルリン壁と並んで東西冷戦の残り火。




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ソウルのロッテホテルからバスで出発し、漢江(ハンガン)沿いに高速を進むと川側に鉄条網が敷かれている。


川の向こうは北朝鮮。


境界線を挟んで南北共に幅2kmにわたって非武装地帯(DMZ)となっているのだそう。


途中、軍事境界線付近を見渡す展望台のある臨津閣(イムジンガク)に立ち寄る。


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離散家族の人々が 故郷を思いながらチェサ(祭祀)を行う「望拝壇」(マンペダン)
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朝鮮戦争で使われた銃やヘルメットを溶かして造られた「平和の鐘」
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イムジン河に架かる「統一大橋」
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非武装中立地帯の中に取り残された機関車
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板門店前の検問所。


これより先、許可された場所以外、写真撮影は一切禁止。


板門店ではジーンズ、ミニスカ、サンダル、その他見学に不適切な格好はすべてNG。


私も持参のデジタル一眼レフで韓国軍兵士のチェックが入りました。


100mm以上の望遠レンズは持ち込み禁止とのこと。


持ち込みレンズは75mmで危ういところでした。



パスポートや服装のチェックのためバスに乗り込んできた韓国軍兵士。


上半身と下半身に鎖のようなチェーンを身に着けジャラジャラと音を鳴らしながら歩いてくる。


これが数十人、数百人と集まって行軍するとかなりの音となり、辺り一帯に響く。


これを聞いた北朝鮮側は大人数が向かってきていると錯覚し、動揺させることが目的で昔から使われている手法なのだそう。



途中、キャンプ・ボニファス内で20kg程の荷物を背負い行軍する韓国軍兵士のグループを見かける。


20kgの荷物にはおよそ3日分の水や食料、武器が入っている。


自分の生命を護るための最低限の装備だ。


兵士は国のために命がけ戦うことはもちろん、それと同時に自分の命は自分で護らなければならない。



見たところ、21~24歳くらいの若者。


韓国の青年は二十歳を過ぎると、30歳までの10年以内に2年間の兵役義務が課せられる。


貴重な青春時代の2年を国に捧げなければならない。



日本の若い世代のニートやフリーターが"やりたいことが見つからない"などと言っている場合ではない。


いつか野口健がポットキャストでバングラディッシュの少年の話をしていた。


バングラディッシュはとても貧しく、現地の少年は生に対する執着というのか、明らかに目つきが違うのだそう。


それだけ毎日を生きていくのが必死なのだろう。


要するに、仕事はあくまで"生きるための手段"であり、"やりたいこと"ではない、ということ。


同じ若者でも仕事の定義が決定的に違いますね。



今の日本の若い世代(私を含め)には生きることへの必死さが感じられない、と思うのは私だけでしょうか。


せめて自分自身の生命を護るだけの力は身につけたいものだ。




本会議場へは韓国側の『自由の家』と呼ばれる建物の中を通って向かう。


板門店は思ったより閑散としてちょっと寂しい雰囲気でした。


石畳を挟んで向こう側は北朝鮮といった感じがまるでしない。


向かいに見える北朝鮮側の『板門閣』の入り口に朝鮮人民軍兵士の歩哨が一人いるだけで、正直なんの緊張感もありません。


この日訪れた板門店はどこか閑散とした"公園"という印象を受けました。


持ち合わせの板門店のイメージは両国兵士がとても近い距離で向かい合って立っている絵だったので、少し評し抜けたところ、唯一、韓国軍兵士だけは緊張感を全開で辺りに放っています。


兵士は身を護るため協定に基づき、拳銃を一丁だけ装備する。


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本会議場の中に入るとテーブルと椅子が並んでおり、文字通り会議室。


建物自体はなんてこともない部屋ですが、屈強な韓国軍兵士は終始無言、無表情で仁王立ち。


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本会議場の中にも軍事境界線が引かれているが、建物内に限り北朝鮮側にも立ち入ることができる。


外から回り込んでほんの数十センチの石畳を越えたら北に亡命ってわけだ。


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本会議場内での滞在時間はほんの5分程度。


本当にあっという間でした。


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北朝鮮側の板門閣
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ポプラ事件の現場
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朝鮮戦争停戦後の捕虜交換が行われた「帰らざる橋」
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本会議場見学の後、キャンプ・ボニファス内にある『自由の村』に暮らす住人が経営する土産物店に立ち寄る。


『自由の村』とは、正式名称は大成洞(テソンドン)といい、板門店から500m程しか離れていない集落のこと。


この店では北朝鮮の酒や紙幣などが売られている。


北朝鮮に近いこともあり開城(ケソン)あたりの土産が手に入るんでしょうかね。



万が一、再度戦争が起こった場合、この村の住人は真っ先に犠牲となる。


そのハンディからか、村の住人は納税と徴兵を免除される。


軍事境界線ぎりぎりのこの地に、今でも異常な緊張状態の中暮らしている人々の心は知れないが、昼間は田畑に出て働き、夜8時には必ず家に戻らなければならない。


この村の住人が拉致される可能性があるとして毎日点呼を受けるからだ。


そんな状況で人々は普通の暮らしを維持している。


村の内外の境には兵士が常駐しており、検問がある。夜間は一切外出できない。





板門店を訪れた2日後、北朝鮮側が延坪島(ヨンピョンド)を砲撃。


これを受けて板門店観光はしばらくの間、中止となっていた。


板門店は軍の運営であるため、政治的局面や軍事情勢で大きく左右するのがこの板門店ツアーだ。


予約を入れたからといって必ず観光できるとは限らない。運が悪ければ急遽中止もありえる。



軍人や民間人に犠牲者が出た知らせを聞いて、この国がまだ戦争中であることを改めて感じさせた。


たった一人の野心のため、多くの犠牲を払っていることに人間の愚かさを思い知る。

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